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発展途上国の地域ニーズに対応した口腔保健システムの構築のための教育支援

日本大学
中島 一郎

1. 概要

1) 教育協力プロジェクトの対象地域について

21世紀を迎えても,アジア地域の開発 途上国では経済的困窮のために,先進国との医療格差が増大しつつある。特に, 口腔保健分野が他の医療分野に比べて後発であったため,う蝕,歯周病など多 発した口腔疾患の蔓延が著しく,住民の多くが疼痛症状,摂食障害,栄養障害 などに苦しむなどQOLに関わる深刻な事態となっている。これらの開発途上国 では,ようやく口腔疾患を予防し健康を維持・増進するための口腔保健の重要 性が認識されつつあり,医療系大学や学部などの高等教育機関において口腔保 健を支える医師,歯科医師,スタッフなどの医療従事者を大学で養成すること が急務となり,口腔保健システムの構築に向けて,社会的かつ経済的事情に応 じた教育制度の改革から着手されている。

ラオスアジア地域 での最貧国の一つであり(ASEAN Statistical Yearbook, 2001予測)(ASEAN (外務省) ),国民の平均寿命は男性53歳,女性55歳,乳児死亡率は10%(ESCAP 人口統計2002)(ESCAP (外務省) )とのデータに示されるように,医師・歯科医師数の絶対的不足など一般 的な健康教育や医療の供給システムの遅れなど深刻な問題点がある。ラオスの現 状では国民の健康状態を把握すべく大規模なnational health surveyは困難な 状況であり,国民の口腔および全身の健康状態は全く明らかにされていない。 特に,小児に対する保健医療のニーズが指摘されており,ヘルスプロモーショ ンなどの全国的な取組みが求められている。さらには,HIVなどの母子感染も 深刻な問題となり,保健医療分野の社会に果たすべき役割は重要なものとなっ ている。

2) 教育協力プロジェクトを発足するに至った動機・背景

日本大学 歯学部 は,ラオス の唯一の医学・歯学の教育拠点であるヘルスサイエンス大学(旧ラオス国 立大学医学部)において,昨年度から口腔感染症に関する授業を教員と学生に 提供してきた。昨年度に大学・学部間の交流協定の覚書を締結し,さらに学術 交流面は促進されている。本学部は,この教育実績を踏まえて,同大学医学部 との共同で保健医療に関わる教育内容を充実・発展させて,さらには口腔保健 分野を担う専門家を養成するための教育プロジェクトを企画・実施する。この プロジェクトでは,山村部などの医療供給不足にある特定の地区の小学校をモ デル校として選定して,本学部の教員,ヘルスサイエンス大学の教員および学 生からなるグループを編成・派遣して,現地での小学校児童に対する保健医療 活動を教育実習として実施する。この教育活動には,医療ニーズに関わるデー タ収集の段階から問題抽出と現状分析,問題解決までの活動を実践的に学ぶこ とを目標としている。すなわち,ニーズに応じた医学・歯学教育分野の技術移 転をヘルスサイエンス大学に行い,対象地域の医療・教育関係者とともに,乳 幼児のための口腔保健を推進できる大学教員の人材養成を支援する。また,こ のプロジェクトを通じて日本大学 歯学部側の 教員においても国際教育協力活動に参加することになり,体験を通じて Faculty Developmentとしても,さらなる学内の教育改革の契機となる。これ らの経緯から本プロジェクトをあらたに発足する。

3) 教育協力プロジェクトのモデル校について

ヘルスサイエンス大学関係者とともに,研修実施のモデル校の選定を行ってい る。モデル校のひとつに事前調査を実施した。

対象地域(活動地域):
Borikhamsai県のPakka Ding地区にある 小学校
対象者:
小児(未就学児も含む)63名。
予備調査結果:
Pakka Ding地区におけるNorth Primary Schoolの 教育関係者,ラオス国立大学のスタッフとともに,同校に在学中の6歳から12 歳(平均年齢9.5歳,計63名)を対象に歯科検診を行い,同地区における小児 のオーラル・ヘルスの現状と問題点を抽出した。
歯垢付着状態の指標
Score 0: 歯垢がほとんどない。
Score 1: 歯垢付着が歯面の1/3未満。
Score 2: 歯垢付着が1/3以上2/3未満。
Score 3: 歯垢付着が2/3以上。

歯垢の付着は歯の表面を覆う程,う蝕や歯肉炎の進行状態に関係している。歯 垢の付着状態は歯の表面を染色して確認される(左図)。歯垢の付着状態は, Score0からScore3までに分類される(右図)。Pakkading地区では, Score 0は0%,Score1は2%,Score2は10%,Score3は88%であり,ほとんど の小児は歯ブラシによる歯垢除去がなされておらず,口腔環境は劣悪な状態に あった。さらに刷掃習慣,食生活の在り方を指導する専門家がいなかった。

う蝕のない小児は4.8 %であり,う蝕のある小児は95.2 %であった。また,現 地では乳歯のう蝕治療として抜歯以外の有効な治療がおこなわれていなかった。 歯肉炎のない小児は15.9%であり,歯肉炎を発症した小児は84.1%であった。

4) 教育協力プロジェクトの活動の概略

本プロジェクトの活動の概略は以下のとおりである

  1. 医療供給不足地域での生活環境,各種疾患の疫学的調査の実施
  2. 調査結果の要因分析(各種疾患と環境・生活習慣,栄養状態との関連性)
  3. 口腔疾患の予防ガイド・ラインの策定
  4. 地域住民を対象としたヘルス・プロモーションの啓発
  5. プロジェクトの国内外の評価と成果発表

5) 教育協力プロジェクトの計画モデル

本プロジェクトの計画モデル(Phase 1, Phase 2, Phase 3)を以下に示す。 なお,本プロジェクト発足の前提条件として,ヘルスサイエンス大学が主体と なり保健省・教育省と連携するなどの行政面からの支援もすでに得られている。

Phase1:事業開始に必要なコンセンサス(目標:口腔保険を推進するためのカリキュラムの作成)
Phase2:疫学的調査と保健医療のガイドラインの策定をテーマとするカリキュラム
Phase3:予防啓発活動とプライマリ・ヘルス・ケアの定着

6) 教育協力プロジェクトの主要事業

ヘルスサイエンス大学医学部の教員・学生が参加するプロジェクト事業を以下 に示す。カリキュラム協議委員会は,カリキュラム立案だけでなく各主要事業 において,参加者が自主的に問題解決を図れるように適時,ワークショップな どで積極的な意見交換や討論を行うように円滑に運営する。

(1) 疫学的調査活動:
  1. 小児の口腔・全身検診および検査。
  2. 口腔・全身疾患ならびに咀嚼機能の実態調査。
  3. 疫学的調査からデータ・ベースの構築。
(2) 口腔保健のガイドラインの作成:
  1. 社会,文化,生活環境に根ざした独自のガイドラインの策定。
  2. 各種疾患の予防指導の指針。
  3. 健康管理状態の評価,
  4. データに基づくガイドラインの修正,
  5. 再評価を含めEvidenceに基づいたガイド・ラインの作成。
(3) 保健医療活動:
小児の検診・予防活動の実施について,学校の教育関係者などにワーク・ショッ プを行い,健康管理の重要性の理解と啓発活動を行う。

2. 目標

1) 教育協力プロジェクトの目標

本プロジェクトの目標は,ヘルスサイエンス大学と共同して地域の口腔保健・ 医療を担う人材の育成にある。ヘルス・サイエンス大学側では,カリキュラム の一環として,医療供給不足にある地域,特にラオスの山村地域などにおける 口腔保健医療の定着化の支援を図るものである。このような,プロジェクトの 中・長期的な目標を要約すると以下のとおりである。

(1) 上位目標
ラオスにおける保健医療のサービスの質が向上する。
(2) プロジェクト目標
  1. 保健医療分野のリーダーシップ、知識、技術を習得する。
  2. 政策立案、計画管理等の業務を適切に行なう。
(3) 成果
  1. 学習者は口腔保健医療分野で必要な知識・技術を習得する。
  2. 学習者は将来,履修内容を実施できる教育・行政を行う。
  3. 学習者は知識や技能を次世代の医療従事者に伝達する。

2) 教育協力プロジェクトの意義

プロジェクトの意義は,単に,日本の培ってきた医学・歯学教育のカリキュラ ムを,アジア の開発途上国へ普及するのではなく,さらに地域の保健医療を担う人材を育成 するための教育制度にまで発展させることにある。また日本大学歯学部と医学部はラオス国立大学医学部との間での連携 体制をとり,協議機関を設けて,教育・研究技術の移転により口腔や全身の感 染症の予防対策モデルを構築する。すなわち,日本大学歯学医学教育支援のもとで,アジア 地域の医療系大学が主体となり,Phase1からPhase2Phase3の各図に示す ように医療供給不足にある各地域のニーズに基づく保健医療を担う医療従事者 の育成から保健医療システムの構築までを実施できる。

3) 教育協力プロジェクトの効果

プロジェクトの効果としては,住民のための口腔保健医療のガイドラインの策 定や,保健医療分野全般の教育・研究の振興の支援体制の発足。長期的に本事 業を通じて ラオスの地域住民の意識が高まり,ヘルス・プロモーションが普及するプ ロセスも明らかにでき,長期間をかけてラオス国内の生活・社会環境に根ざし た学校歯科保健が定着される基盤が形成される。このように本プロジェクトで の研修修了者は,ヘルスサイエンス大学からラオスの各 地区における保健医療拠点での責任者となる予定である。

3. 成果物

本プロジェクトの成果物を以下に示す。

  1. 保健医療に関する教育のモデル・コア・カリキュラムとテキスト。
  2. 住民のための疾患予防対策と健康管理のためのガイドライン。
  3. 事業報告書,カリキュラム委員会の活動記録,当該国訪問記録など。
  4. プロジェクトによる各種疫学調査データの報告集。
  5. 教育的取組みに関するシンポジウムの会議録。

4. 国内報告会資料

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