アジアの開発途上国の拠点大学/学校における「災害看護学」教育導入への支援
日本赤十字九州国際看護大学
1 概要
日本は災害が多発する国の一つであり、また、被災者数が最も多い地域の近隣に位置している。災害は、世界のいずこにも発生するが、自然災害に限っても、7割は開発途上国に発生しており、被災者の実に98%は開発途上国住人である。これを地域別にみれば、全体の4割が人口過密なアジアに発生しているため、被災者数の86%はアジアの住人という事実になっている(世界災害報告,2008)。災害発生時、保健医療専門家の中で最も数が多く、また、普段から患者・住民に最も近い存在である看護職が大きな役割を果たし得ることは、阪神淡路大震災以後、日本の災害救援の中での基本的了解事項となりつつある。
日本における災害看護学は、最近ではその教育が必須化されてきているが、他の看護学領域に比べれば後発の分野である。しかし、開発途上国には、未だ“災害看護学”という用語すらなく、当然その教育も存在しないところも少なくない。しかし、近年多発している大規模自然災害に対処するため、災害看護学教育のニーズは著しく高まっている。
わが国は、過去十数年に、この分野を目覚ましく発展させた実績を持つが、今まさに災害看護学の急速な確立を必要としている国々に、そのknow-howを伝達することは、きわめて効果的な国際貢献となると考えられる。
本計画を通じて、災害看護学の萌芽から発展に至るプロセス、即ちカリキュラム・教材・教授法を開発するknow-howを、近隣の災害多発国で被災者数が多い国々、特にわが国との関連も深いインドシナ半島諸国(ベトナム、ラオス、カンボジア)など、アジアの開発途上国の拠点大学/学校への災害看護学教育導入のきっかけとし、現地人材による継続的発展を目指すことが概要である。
1) |
対象国:
ベトナムとする。日本の国際保健医療分野の指導的立場にある本学学長喜多悦子が、1990年代、ベトナムにおけるODA(国立国際医療センター勤務時のJICAプロジェクト)およびWHO災害対策(WHO本部緊急人道援助部勤務時)に深く関与した経緯があり、また、平成21年4月に在福岡領事館が開設されるなど、本学の所在地とのつながりも強いためである。
国際連合の報告によると、ベトナムは自然災害被害の世界ワースト10内にあり、過去10年の統計では、台風・洪水・土地侵食・干ばつなど、多様な自然災害による年平均損害額が国内総生産(GDP)の1.5%に相当している。また、道路や交通ルールなど社会インフラの整備が追いつかないまま急激な経済開発を進めたためか、人為災害である交通事故が10大死因中第8位(WHO,2006)である。その他、産業発展に伴う労働災害問題の深刻化も指摘され、いわゆる多様な「健康の危機」対策のニーズが増大している。
日本はベトナムに対し1970年代に医療支援を開始し、いわゆるベトナム戦争により中断したものの、90年代に再開した保健医療支援は、きわめて活発である。しかし、医学教育や医師の卒後教育面への支援に比し、看護教育への関与はほとんど行われていない。また、現在、ベトナムの基礎看護教育課程には災害看護学が導入されていない(NUISING IN THE WORLD,2008)ため、多様な災害の発生頻度からして、災害看護学教育のニーズは高く、成果は明らかであると予測される。 |
2) |
活動概要
日本赤十字九州国際看護大学は、本邦唯一国際を標榜する看護単科大学として、2001年開学以来、多様な国際活動の実績を積んでいる。全教員49名中30名以上、看護保健系教35名中、本年採用8名を除き、ほぼ全員が途上国経験(赤十字活動、JICA関与、学生引率)をもっているほか、全教員がJICAもしくは日本赤十字社の委託による途上国専門家の受け入れ研修に関与している。
さらに、2003年来、世界最高レベルの人道援助研修H.E.L.P(I:Health Emergencies in Large Populations、II:Health, Ethics, Law, and Politics.本学主催、日本赤十字社、赤十字国際委員会
、世界保健機関<WHO>共催)を、アジアで初めて隔年継続開催している。本研修は、1986年、ICRCが開始し、以後、毎年、世界各地で10〜12コースが主に医系大学の主催で開催されているが、看護大学で主催しているのは、世界中で本学のみである。
本計画では、まず、災害看護学教育導入のきっかけとして、1.相手国のキーパーソンまたは災害看護教育導入の意思決定にかかわれる実務家を、平成21年度に開催するH.E.L.P. in JAPAN 2009研修に招聘し、2.平行して、本学スタッフを現地に派遣して、相手国の実態調査をする。これらの間に、3.可能なルートを用いて、実務、教育、政策レベルなどの関係者と意見交換し、認識共有するための土壌醸成を図る。初年度に、4.モデル校となりうる看護系大学/学校または関係機関との協働体制を構築し、5.モデル校となる看護系大学/学校の教員に対して、本学教員が現地訪問し、災害看護学のセミナー/ワークショップを展開する。 |
2 目標
平成21年度の目標
- ベトナムの看護大学/看護学校が災害看護学教育のモデル校として合意し、災害看護学教育の導入の必要性の考えを共有する
- ベトナムの中核となるモデル校の看護教員が我が国を訪問し、災害看護学教育の導入において必要なリーダーシップ、カリキュラム構築・教材作成の知識、技術を修得する
- ベトナムの中核となるモデル校の看護教員が災害看護学教育のあり方を学習し、カリキュラム作成・展開するための能力を修得する
- ベトナムでの災害看護学教育導入のガイドラインを作成する
3 成果物
本年度のプロジェクトの成果物を以下に示す。
1) |
ベトナムへの訪問記録およびベトナムのモデル校となる看護系大学/学校との会議録 |
2) |
ベトナムのモデル校となる看護系大学/学校の看護教員がH.E.L.P.を含む日本での研修の報告書 |
3) |
ベトナムの教員を対象とした災害看護学教育のモデル・コアカリキュラムとテキスト |
4) |
ベトナムの教員を対象とした災害看護学教育のモデル・コアカリキュラムの実施報告書(検証) |
5) |
ベトナムにおける災害看護学教育導入のための現地実態調査の報告書とガイドライン |