発展途上国の地域ニーズに対応した口腔保健システムの構築のための教育支援
日本大学歯学部
1 概要
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本事業の教育支援モデル
一般に発展途上国での地域保健・医療における医師・歯科医師の不足や医療供給システムの遅れにみられる問題の所在は,現地の保健・医療施設,教育機関や地域コミュニティの機能だけでなく,医学・歯学教育自体に起因することが少なくない。そのため当事国では,保健・医療の核となる大学自体が自律的に教育研究機能を充実することにより,質の高い臨床医学が発展して,社会に有為な医療人が養成されることが望まれている。
発展途上国の医療系大学では,医学教育面での国際水準を目標としたカリキュラムの充実や教材開発,さらには教育制度の在り方までの問題解決が求められている。また,海外から最新の医療技術の移転や導入が実施されても,当事国が制定した医学・歯学の教授要綱などの教育研究制度のもとで有効に活用されなければ,自律的に医療技術を開発する基盤構築は難しいとされている。このような現状から,日本側から医学教育支援を実施する方略のひとつとして,日本の医学教育カリキュラムを直接に提供するのではなく,当事国の医学教育の問題点を明確化して,問題解決方法を共同で検討する取り組みが考えられる。
そこで日本の医療系大学・学部が発展途上国における医学・歯学教育制度の基盤形成を支援するモデル構築を目標として,日本大学歯学部・医学部はラオス人民民主共和国において唯一の医療系大学であるヘルス・サイエンス大学と「地域における保健医療・学校保健」を課題とする問題解決型教育プロジェクトを発足し,1.小学校児童の健康に対する調査活動,2.プライマリ・ヘルス・ケア,3.健康情報のデータ・ベース構築などの保健医療活動を実施している。事業活動を通じて,日本の医学教育・研究の方法論の検証や教材開発が行われることにより,当事国の医療系大学が自律的にカリキュラム,教育資源や学習方略の基盤を形成できるように支援されている。本年度では,本事業の活動成果を発展させ,当該大学において新設される修士課程の指導教官育成,教育方法・各種教材などを共同開発する。また事業終了後にも保健医療分野の修士課程の構築支援を継続する。
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対象地域について
ラオス人民民主共和国(以下,ラオス)はアジア地域での最貧国の一つであり(ASEAN Statistical Yearbook, 2001予測),国民の平均寿命は男性53歳,女性55歳,乳児死亡率は10%(ESCAP人口統計2002)とのデータに示されるように,医師・歯科医師数の絶対的不足など一般的な健康教育や医療の供給システムの遅れなど深刻な問題点がある。保健医療分野の当該国に果たすべき役割は重要なものとなっている。
ラオスの現状では大規模な健康調査は困難な状況であり,国民の健康状態は全く明らかにされていない。特に,乳幼児の死亡率や感染症の発生率が高いにもかかわらず,母子健康手帳などの個人の生育歴や健康情報を記録する手段や健康管理のガイドラインなどがない。ラオス・ヘルスサイエンス大学は唯一の現地の医療系大学であり,母子保健,小児保健,口腔保健や学校保健など地域医療の構築に向けて,教員養成や教育水準の向上など教育制度の改善が求められている。 |
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本年度の事業活動
平成19年度ならびに20年度の国際協力イニシアティブ事業において小児の発育・栄養状態に関する医療情報のデータ・ベースの構築支援をテーマとしたヘルスサイエンス大学との共同プロジェクトを実施しており,地域ニーズの分析に応じた小児のプライマリ・ヘルスケアの科学的根拠となる学童の栄養や発育データの収集と解析を実施した。現在まで発展途上国の地域ニーズに対応するための健康情報のデータ・ベースを活用した保健・医療活動などを通じて,医療系大学の教育支援モデルが形成されつつある。今年度では,本事業で実施された共同調査,プライマリ・ヘルス・ケアや講義・実習の成果群を活用して修士課程の指導教官とともに教育内容と教材群を作成する。
(教材作成の概要)
昨年度にヘルスサイエンス大学と共同構築した小児の発育・栄養状態に関する医療情報のデータ・ベースを活用して,保健・医療ガイド・ライン作成に資する教科書・参考書を編纂する。
(教材内容)
根拠に基づく医療(Evidence-based Medicine, EBM)に関連した教材として,本事業で得られた調査資料や研修成果を記載する。事業終了後では、ヘルスサイエンス大学側が独自に記載内容を改定していく。
- 小児の発育・栄養調査の指導(英語)
- 学校保健ガイドライン(英語)
- EBMの解説書(英語)
- 母子保健の指導(英語)
(補足)
※保健・医療ガイドラインの在り方
ガイドラインは,おもに疾病予防対策の観点に立ち,疾病の原因(危険因子)を明かにして,どのように生活することで健康が維持・増進できるかについての根拠を示す内容になる。昨年度に構築したデータ・ベースに各種情報を追加してデータ解析を行うか,あるいは文献検索を行うかにより,保健医療ガイドラインを作成する。当事国の医療技術水準,文化・社会・経済状況などの諸条件から,当事国の現状に即した推奨文を考案する。この取り組みにより,事業終了後においても,将来にわたり,大学が持続可能な保健・医療システムの基盤形成に資する教育研究活動を実施していくことが期待できる
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2 目標
本年度では,ヘルスサイエンス大学の修士課程の創設に伴う学習方法や教材として,修士課程の指導教官とともに周産期医療や学校保健分野における疾患予防・生活改善のガイドラインを作成し,その普及や改定がなされることにより,当該国におけるプライマリ・ヘルス・ケアの担い手が養成される基盤形成を目標とする。
日本大学歯学部と医学部は共同して,医学教育の教材開発に必要な知識や医療情報のデータ・ベース活用のノウハウも共同作業を通じて技術移転し,将来,現地の大学が単独でデータ収集や解析を行い教科書や研究論文などを作成できるように支援する。
3 成果物
医学・歯学教育に関するテキスト・講義資料
- 小児の発育・栄養調査の指導書(英語)
- 学校保健ガイドライン(英語)
- EBMの解説書(英語)
- 母子保健のガイドライン(英語)
- 事業成果報告書(日本語)