NGOと大学との連携による食農環境教育の支援システム化
東京農業大学
1 概要
(1)活動の背景
メコン河における河川水質の観測は1984年に始まり、カンボジアが1992年に参加してからは、メコン河の100数箇所で月ごとに観測が続けられているが、近年、肥料成分の流出による富栄養化が特に懸念されている。これは、メコン河流域における化学肥料や農薬に依存した単一作物栽培による集約的農業の拡大に原因があると考えられている。メコン河流域に位置するタイ国東北部でも、自給自足型から輸出志向型農業へ変貌するに伴い、化学肥料や農薬の農地への投入量が年々増大傾向を示す中、乾期には作物残渣の火入れも行われており、土壌の劣化とともに池沼等の富栄養化が進行している。また、メコン河流域に位置するカンボジア国でも、内戦終結後の1990年代以降、農業の生産性を高めるため、化学肥料や農薬の使用量が増大傾向にある。そのため有機農業の推進を図り土地生産性の回復を図ると同時に、水環境の修復保全を進めることが急務となっている。この問題を解決すべく、メコン河流域を中心として食農環境教育の必要性が認識されている。食農環境教育においては基礎教育における導入が重要なため、小学校において持続的農業や水環境保全を軸とした食農環境教育を展開して、持続的な環境保全型農業の素地づくりを進めることが必要となっている。現在、NGOなどによってフォーマル、インフォーマルな環境教育が実施されているが、NGOファシリテータの多くは専門的な知識に乏しく、大学の学識経験者との連携を強く希望している。
(2)平成18年度から19年度の2年間にわたる活動実績と課題
そこで文部科学省より平成18年度から19年度の2年間、教育協力拠点形成事業「国際協力イニシアティブ」の受託を受けて、「NGOと大学との連携による食農環境教育支援システムの構築」の活動に取り組んできた。特に平成19年度の活動では、食農環境教育用の教材「持続的農業と有機肥料」およびパンフレットを作成配付するとともに、東京農業大学、環境修復保全機構、タイ国カセサート大学、カンボジア国王立農業大学、Association of Environmental and Rural Developmentと共同でNGOと大学との連携による食農環境教育支援システムの構築に関するワークショップを開催し、活動実施者間の情報共有を深めた。またタイ国コンケン県およびカンボジア国プノンペン市の小学校において、堆肥づくりや有機菜園を軸とした食農環境教育セミナーを開催するとともに、適時アンケート調査を実施して活動内容や教材に対する理解度の評価を行った。さらに小学生や教員を対象とした小学校での食農環境教育セミナーのみならず、保護者を対象とした村での食農環境教育セミナーを実施し、有機農業や環境保全に対する意識を高めるとともに、現地のニーズの把握に努めた。
また、食農環境教育の支援システムにおける体系的な取り組みを「現地教育機関の現状把握(1段階)」、「食農環境教育に関する関心・認識の増進(2段階)」、「食農環境教育に関する知識・技術の習得(3段階)」、「食農環境教育に関する支援制度の整備(4段階)」の4段階、および「その他」に大別し、平成18年度から19年度の2年間にわたる活動の取り組みを段階毎に整理できた。
平成19年度までの2年間の活動では、主に食農環境教育の支援システムにおける「現地教育機関の現状把握(1段階)」、「食農環境教育に関する関心・認識の増進(2段階)」、「食農環境教育に関する知識・技術の習得(3段階)」、「その他(食農環境教育支援機関の連携)」に重点をおいて取り組んでおり、現地教育行政機関と連携した食農環境教育に関する教員研修やファシリテータ研修会の実施および食農環境教育のモデル化を目指した「食農環境教育に関する支援制度の整備(4段階)」については課題となっている。
併せて、平成18年度から19年度の2年間における小学校での食農環境教育プログラムの主体は、食農環境教育に長年の実績を有する東京農業大学と特定非営利活動法人環境修復保全機構であった。活動の持続性を高める上にも、現地の大学やNGOが主体となって小学校での食農環境教育プログラムを担っていくことが望まれる。
(3)東京農業大学における食農環境教育の取り組み
東京農業大学は明治24年に創立されて以来、一貫して地球的規模で農業・地域開発・環境保全を通じて人類の繁栄と平和に貢献するための研究教育や社会貢献を遂行している。またタイ国カセサート大学を含む18校の海外姉妹大学と学術交流を推進する一方、多数の外国人学生を受け入れ、国際的な教育研究を実践している。
世界の食料・農業・環境問題を考え、人類の持続的発展と青年自らの役割について話し合うために、海外姉妹校、外国人留学生および日本人学生が一堂に会して協議する場として世界学生サミットを開催している。2001年11月に開催した「新世紀の食と農と環境を考える第1回世界学生サミット」では、13カ国・地域から参集した約3,000人の学生達が2日間にわたって、農と食と環境に関する諸問題と対策および学生たちの役割について、白熱した議論を展開し、毎日新聞特集記事を通して成果を「東京宣言」として公表した。その後、毎年共通テーマを設定し、21世紀における人類の発展を目指した世界の食・農・環境に関する取り組みを検証している。参加した学生達は、いずれも新世紀の担い手として食の安全性や環境保全に強い責任感を自覚し、サミット後もこれらの問題に積極的に取り組んでいる。次の2008年10月に開催する第8回世界学生サミットには19カ国から学生が参集する予定である。
また一方、2002年2月28日に東京農業大学は世田谷キャンパスにおいてISO14001認証を取得し、翌2003年2月には厚木キャンパス・オホーツクキャンパスも認証を受け、大学全体で環境教育に取り組んでいる。そして2005年1月に第1回更新審査を実施、同2月28日付で更新が認められている。東京農業大学では全学生が「環境概論」を学び、「環境実践体験」のプログラムを進めてきた。このような環境教育の実践は、大学における環境教育システムの充実と環境保全活動に対する高い学生意識に支えられている。
(4)特定非営利活動法人環境修復保全機構における食農環境教育の取り組み
特定非営利活動法人環境修復保全機構では、日本を含むアジア諸国における農業的および都市的開発と自然環境との調和を目指した環境修復保全に取り組み、環境教育啓蒙の活動を通して、自然資源の持続的利用に寄与することを目的として活動している。
環境修復保全機構は、国際協力論や環境農学分野の大学教員で構成される5名の理事と専任のNGO専門家で構成されている。2000年にNGO環境修復保全機構を設立した直後は研究的色彩が強かったが、2002年2月に特定非営利活動法人格を取得してからは、タイ国やカンボジア国の現地農家や小学生を対象とした食農環境教育の普及啓蒙を中心とした草の根活動が中心となっている。草の根活動を継続的に実施するため東京都内の本部事務局の他に、2002年度にはタイ国内に東南アジア事務局を設けている。東南アジア事務局では常勤2名(タイ人)、非常勤2名(タイ人1名・日本人1名)がタイ国、ラオス国、カンボジア国の各活動地区における現地農家や小学校を継続的に支援している。
(5)その他の機関における食農環境教育啓蒙の取り組み
・タイ国カセサート大学
タイ国で最も古くから農学や環境科学に取り組んでいる国立大学である。東京農業大学と姉妹校であるため学術協力関係が確立しており、とくに学術フロンティア共同研究は代替資材の開発を通じた水稲と野菜の有機栽培の推進を目的に実施している。
・カンボジア国王立農業大学
王立農業大学は、1964年に設立された王立大学の一つである。内戦を通して知識人や教育者の多くが迫害され、また国際社会から孤立していたため、教育にも多大な影響を受けた。現在は農学教育プログラムの再構築などに力を注いでおり、また周辺農家への啓蒙普及に対する関心も高い。
・現地NGO
タイ国に本部事務局を構えるAERD(Association of Environmental and Rural Development)は、これまでも特定非営利活動法人環境修復保全機構のカウンターパートとして、タイ国・カンボジア国・ラオス国での農村開発や環境保全に関するプロジェクトに共同で取り組んでいる他、現地農家グループや現地NGOと食農環境分野に関する情報交換を行う等、協力関係を築いている。
(6)活動の目的
本活動は、タイ国カセサート大学やカンボジア国王立農業大学などの現地の大学とAERDおよび現地NGOが連携して実施する小学校での食農環境教育をモデル事例として、東京農業大学と特定非営利活動法人環境修復保全機構が、現地のNGOと大学との連携に基づいた食農環境教育の支援システム化を図るものである。モデル事例では、タイ国およびカンボジア国の小学生を対象に有機農業を通した食農環境教育を実施し、短期的な視点ではなく、長期的な視点からみた有機農業を通した土づくりや水環境保全の重要性を理解し、環境に調和した持続的農業を実践できる人材の育成を目指しつつ、現地のNGOと大学が主体となって小学校での食農環境教育プログラムを担っていくこととする。併せて、現地教育行政機関と連携した食農環境教育に関する教員研修会やファシリテータ研修会の実施および食農環境教育のモデル化を目指した「食農環境教育に関する支援制度の整備(4段階)」にも重点を置いて取り組んでいく。
2 目標
(1)現地のNGOと大学との連携によるタイ国・カンボジア国の小学校における食農環境教育セミナーの開催と有機農園の運営支援
活動の持続性を高める上にもタイ国やカンボジア国における現地の大学やNGOが、主体となって小学校における食農環境教育セミナーの開催や有機農園の運営支援等の食農環境教育プログラムを担っていく。
(2)タイ国およびカンボジア国における食農環境教育用教材「持続的農業と有機肥料」の配付
平成19年度の活動において作成・印刷した食農環境教育用の教材「持続的農業と有機肥料」をタイ国およびカンボジア国で広く配付する。
(3)現地のNGOと大学との連携による食農環境教育に関する教員研修会やファシリテータ研修会の実施
現地教育行政機関と連携して、食農環境教育に関する教員研修会やファシリテータ研修会を実施していく。
(4)食農環境教育に関する教員・ファシリテータ研修用教材(英語版)の作成
食農環境教育に関する教員・ファシリテータ研修用教材「環境保全のための持続的農法」(英語版)を作成する。この教材では、昨年度の教材で扱った有機肥料や土づくりのみならず、植生緩衝帯の設置、保全耕うん、混栽、生物起源農薬等の環境保全を考慮した様々な持続的農法を取り上げる。食農環境教育セミナー、ワークショップ、教員研修会、ファシリテータ研修会の際に出席者から教材に対するニーズを調査して、それぞれの地域が抱える問題に対応した食農環境教育を実施できるように配慮する。またワークショップ、ファシリテータ研修会の際に、出席者から教材に対するコメントをもらい、現地の状況に即した内容に仕上げていく。
(5)NGOと大学との連携による食農環境教育支援システム化に関するワークショップの開催(タイ国・カンボジア国)
現地教育行政機関関係者にも参加してもらい、小学校を対象とした食農環境教育の重要性と有効性を理解してもらい、食農環境教育対象小学校の拡大を組織的に推進する方向への展開を図る。
(6)以上を通じた現地のNGOと大学との連携による食農環境教育の支援システムの構築
3 成果物
- 食農環境教育に関する教員・ファシリテータ研修用教材「環境保全のための持続的農法」(英語版)
- 平成20年度活動報告書