---

持続発展教育(ESD)の理念に基づいた途上国における地域医療教育モデルの構築

三重大学

1. 概要

1.背景

(1)地域医療と持続可能な開発

WHOオタワ憲章(1986年)では、健康の前提条件として、平和・住居・教育・食品・収入・安定した環境・持続可能な資源・社会的公正と公平をあげ、「健康とは、日常生活の資源であって、人生の目的ではない。個人やグループが、どれだけ希望を持ち、ニーズを満たし、環境を変えたり克服したりできるかという程度を意味している」と述べている。途上国では医療資源が乏しいからこそ、日々の生活の文脈の中で、健康を導く生活行動や生活条件に対する教育的支援とエコロジカルな支援が必要とされている。地域医療には、医療機関における診療サービスのみならず、健康を支援する環境を創り出す包括的な社会・行政的プロセスが欠かせない。すなわち地域医療では、地域保健活動や公衆衛生活動のほか、不健康な社会・環境・経済的状態を改善していく活動が重視され、医師は住民の啓発と参画を促す立場にある。地域医療の土台は地域づくりであり、持続可能な開発を考えることともいえる。地域医療に携わる医師には、地域で暮らす個々人の生活水準と福祉の向上に目を配りつつ、地域の持続可能な開発に住民とともにかかわることが求められる。

(2)地域基盤型医学教育

従来の医学教育は、生物医学モデルに基づいており、教育のほとんどは大学の教室か教育病院の病棟で行われていた。しかし近年、北米や豪州において地域基盤型医学教育(Community-based Medical Education)が開発・導入されている。わが国でも医学生が大学から離れて地域に出かけ、保健所や診療所、福祉施設での実習を行っている。三重大学では、医学生・研修医のへき地医療実習・研修において、地域の中学校や高齢者の集まりに出かけ、健康に関する講話など住民の啓発活動を行うプログラムを導入した。さらに一歩進んで、地域の現状を把握・評価し、リソースの把握、問題点の整理・対象課題の選択・介入対象の明確化・対応策の検討など、地域診断に基づくアクション・プラン作成の演習と実践を行う試みも始めつつある。

(3)三重大学医学部と途上国医学部の卒前教育における相互支援活動

三重大学医学部では、海外医学部と連携し学生交換事業を行っている。欧米諸国にとどまらず、アジア・アフリカの途上国とも学生交換を行い、地域医療や公衆衛生の原点を学ぶ機会を学生に提供している。毎年50名を超える三重大学学生(6年生)が4週間、現地の学生とともに学んでいる。実習には三重大学の教員が同行し、先方の教員との意見交換やカリキュラムの検討を行ってきた。

2.本活動計画が目指すもの

本計画では、三重大学が中心となり、大学(学部)間協定を結ぶタイ・コンケン大学とタンザニアのムヒンビリ健康科学大学医学部、さらに協定締結予定のアラブ首長国連邦(UAE)シャルジャ大学とコンソーシアムを形成して、ESDの理念に基づいた地域医療の教育モデル構築を図るものである。
 各大学における地域保健医療教育の現状は、以下のとおりである。

1.コンケン大学:地域医療実習が組まれているものの、学生数の増加に伴い(1学年180名が約300名に増加)、それを指導する教員の教育能力開発(Faculty Development: FD)が課題となっており、実施可能で効果的な地域保健医療教育のカリキュラム開発が求められている。
2.ムヒンビリ健康科学大学:卒前臨床教育の中心は医療機関における臨床実習にとどまっており、地域住民と接する実習はまだ行われていない。
3.シャルジャ大学:6年間を通して包括的な地域保健医療教育がおこなわれており、学生がコミュニティに働きかけるプロジェクトを実習で行っている。

さまざまな段階にある地域保健医療教育について、わが国の知見を伝えるのみでなく、途上国の大学も含め各大学がそれぞれの教育経験から相互に学び教え合うスキームを構築し、ESDの理念に沿った地域医療教育モデルを構築する。こうした双方向性の教育支援は、各大学のエンパワメントにつながり、教員・学生相互の交流が行われるなかで、単に支援を受けるにとどまっているときとは異なる、医学教育への積極的な取り組みを引き出すことができると考える。また、学生実習を通した交流が続くことで、三重大学の教員が各大学を訪問して実際に地域医療教育に参加し、学習者や教員のフィードバックを得ることができる。それを踏まえてより効果的な教育支援を行い、教育協力の成果をさらなるプログラムの充実に反映させることができ、継続性のある支援につながると推察する。

3.実施計画

  1. 「地域保健医療教育相互支援コンソーシアム」形成
     三重大学医学部が、タイ・コンケン大学、タンザニア・ムヒンビリ健康科学大学、UAE・シャルジャ大学の地域保健医療教育担当者に呼びかけ、コンソーシアムを形成する(申請書作成時点で内諾を得ている)。三重大学医学系研究科地域医療学講座が全体を統括する。
  2. 本邦研修としてのフォーラム「ESDの視点で学ぶ地域医療」と研修会の開催(於三重大学)
    • コンソーシアム参加大学から地域医療教育担当者を招いてフォーラムと研修会を開催する。それぞれの大学の地域保健医療教育における現状と課題、また、WHO/UNICEFが提唱する小児疾患包括的対策(Integrated Management of Childhood Illness, IMCI)への各国(地域)での取り組み状況の報告を行う。
    • フォーラムではさらに、日本国内の専門家に、ESD、地域診断、IMCIに関する講演を依頼し、学生に伝達する知識の整理とともに、一つの手法としてコミュニティIMCIに医学生が参加する可能性について討議する。
    • その後4日間にわたる研修会で三重大学(3名)とシャルジャ大学(1名)の教員が分担して、コンケン大学(3名)とムヒンビリ健康科学大学の教員(2名)に対して、教育技法の紹介や評価法に関する講義などを行う。9名の参加者全員でESDの理念を反映した地域医療教育について討議し、「地域保健医療実習マニュアル」(以下、「実習マニュアル」)、「地域保健医療教育のためのFD教材」(以下、「FD教材」)の英語版を共同作成する。

  3. 次年度における教育支援の準備を進める。フォーラム・研修会参加教員は、各大学に戻り、三重大学担当者の助言を電子メール等で得ながら学内FDを企画する(三重大学教員がコンケン大学ならびにムヒンビリ健康科学大学において実施に協力する、このとき作成した「実習マニュアル」および「FD教材」を用いる)。

4.本活動がなぜESDを推進することになるか

この事業では、ESDの理念に基づいて地域医療教育モデルを構築する。ESDと地域医療教育とは、学習項目・目標が以下に述べるように重なり合っている。

  1. 本活動で構築する地域医療教育モデルでは、医学生が地域に出て行き、地域のニーズとリソースを把握して活動計画を立てる実習を組み込んでいる。この実習課題の遂行には、学生の情報収集・分析能力、コミュニケーション能力を必要とし、実習を通して問題解決能力が養われる。これはESDの重要な要素である。
  2. 本教育モデルは、住民が健康に過ごすための前提条件を医学生に考えさせるものである。そのなかには、平和、教育、安定した環境、持続可能な資源、社会的公正と公平など多様なテーマが含まれ、地域の環境、経済、社会に目を向けさせる教育となる。
  3. さらに、本モデルの実習では、「地域の健康」を確保する目的で、学生による地域住民への啓発活動が行われる。医学生は地域のなかで多様な課題を実感し、自らの問題としてとらえ、解決に向けて地域住民とともに取り組むことになる。こうした教育はESDに重なるものであり、従来の医学教育では行われてこなかったものである。
  4. 学生が地域に向けて啓発活動を行う際、活動の場は幼稚園や小・中学校などの教育の場であったり、住民の集まる公民館などであったりする。また対象も、こどもたちから高齢者、子育て中の母親など、さまざまであると考えられる。持続可能な開発の草の根の担い手は市民・住民であり、自助努力・参加が必要であることを考えると、学生はこの地域での活動を通してESDの学習者であると同時にESDの普及に寄与することになる。その手法を卒前医学教育のなかで学ぶ意義は大きい。
  5. 学生の企画したプロジェクトの遂行が、地域づくりの小さな一歩につながり、持続可能な開発へと発展する可能性も考えられる。
  6. 学生実習の場が地域に移ることでヒューマン・ネットワークが広がり、大学と地域とのより緊密なコラボレーションが可能になって、ESDの新たな取り組みが生まれることが期待される。
  7. こうした教育を受けた学生は、将来、地域において持続可能な開発を実現するために発想し、行動できる医師になることが期待される。そうした医師はまた、地域において住民の啓発活動を行いESDの担い手となる。
  8. 本活動では、三重大学医学部を中心に三重大学の大学(学部)間協定校同士が協力しあう関係が構築される。アジア・アフリカ・中東と異なる社会・文化的背景をもつ教員が、地域医療教育という切り口で相互に学びあうなかで、よりグローバルな視点が形成され、学生教育にも反映される。
  9. 学生交換事業により、三重大学の医学生がタイ・アフリカ・中東の医学生・教員と直接に交流することになっている。こうした体験は、三重大学学生本人はもちろんのことタイ・アフリカなど他の国の学生や教員の視野を広げることになる。他の国を知ることで、自分の地域を見つめなおすことができ、持続可能な地域づくりをより具体的に考えることができるようになる。
  10. 貧困・衛生が重要課題の途上国と先進国とではESDの活動分野が異なるといわれているが、地域医療は、途上国にとっても先進国にとっても共通の重要な課題である。各々の地域に深く根差した課題を取り上げると同時に、国を越えて協力し合う体制がとりやすい。

2. 目標

(年度内)

  1. 「地域保健医療教育相互支援コンソーシアム」を形成し、医学教育においてアジア・アフリカ・中東とわが国の医学部が相互に支援しあう体制を構築する。
  2. フォーラムならびに研修会の開催を通して地域医療教育に関する情報を共有する。アジア・アフリカ・中東という事情の異なる地域の取り組み課題や困難を紹介しあうことで、参加大学がより広い視点でESDの理念に基づいた地域医療教育をとらえる機会とする。
  3. 小児疾患包括的対策IMCIへの理解を深め、地域と大学とのコラボレーションの可能性を探る。
  4. 地域保健医療教育の円滑な実施に役立つ「実習マニュアル」「FD教材」を作成する(「実習マニュアル」は、地域保健医療教育の理念や到達目標・行動目標を明示するもので、具体的な実習の手順などの方略や評価法などを記載している。学生・教員が参照する。「FD教材」は、地域保健医療教育の効果的な進め方を教員に伝えるもので、教育技法の教授法から評価用紙、授業で実際に説明に用いる資料などを含んでいる。教員のみが使用する)。
  5. 翌年の教員の相互訪問スケジュールを立て、学生とともに日本側の活動実施者が各大学を訪問し、先方の教員に教育支援を行う日程調整を行う(タイ・コンケン大学ならびにタンザニア・ムヒンビリ健康科学大学で行われている地域医療実習に活動実施者が参加し、FDを実施する予定)。

3. 成果物

  1. 「地域医療実習マニュアル(英語版)」:地域保健医療教育の理念や到達目標・行動目標を明示するもので、具体的な実習の手順などの方略や評価法などが記載されている(学生・教員が参照する)。ESDの解説も加える。
  2. 「地域保健医療教育のためのFD教材(英語版)」:地域保健医療教育の効果的な進め方を教員に伝えるもので、教育技法の教授法から評価用紙、授業で実際に説明に用いる資料などを含んでいる(教員のみが使用する)。
---